おざっちの笛吹き日記

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「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる大和し 美わし」


朝、思い立って「山辺の道」をMTBで走ることにした。よく紹介されている山辺の道は、天理の石上(いそのかみ)神宮から桜井の大神(おおみわ)神社あたりまでだが、奈良の白毫寺から石上神宮までの「北山辺の道」もなかなか良い道なので両方を通して走ることに。それほどきつい坂もなく、R169とほぼ併行しているので、いつでもエスケープできる。初心者にはピッタリのトレールだろう。ただ、奈良市街から桜井まで往復する形になるので、総距離は50キロほどになる。


家を出るのにモタモタし、出発地点の「奈良少年刑務所」に到着したのが11時半になってしまった。気温は3度と低かったが、その時点では薄日の差す天気だった。東大寺から二月堂、春日大社の参道を走り抜け、新薬師寺の山門前を通過、白毫寺への細い路地を走る。前方に石段が見え、白毫寺の横のきつい坂を上ると、奈良市内が一望できる。一カ所に東海自然歩道と近畿遊歩道の道標が立っている。ここからいきなり山道に入り、ひと山越えて田畑の中を走る。やがて奈良独特のため池の横に出る。ここで前方におばちゃんが地図とにらめっこしているのに遭遇、ボクの行く天理方面とのことで道を教えてあげた。とにかく道が複雑で、何度も通っているボクでも間違えることがある。


住宅街から嶋田神社を通り、崇道天皇陵へ。この天皇はなにかの事件に巻き込まれ、後世たたりを恐れられたらしく、気のせいか陰気な雰囲気がただよっているような気がする。道のど真ん中に謎の石が祀られているのも、なんだか謎めいている。「弘仁寺」へ行く途中で昼食とする。例によってコンビニオニギリをパクつく。気温がグッと下がってきて、通り過ぎるハイカーも寒そうだ。弘仁寺の境内はバイクを担いで通過。人気がないのを幸いに、長い石段をトントンと、乗ったまま降りてみた。


白川ダムを周回するとシャープの研究所が見え、名阪国道の下をくぐって再び山道に。ここを過ぎると天理教関係の宿泊施設の屋根がたくさん見える。各県の看板が出ていて、「おかえりなさい」と書いてある。宿坊の裏手を走るトレールを走り、小さな川を渡るとすぐに石上神宮の境内に入った。この頃から空が暗くなりやばい感じになってきた。これから山辺の道だというのになあ、、。玉砂利をけちらしながら(いえいえ、そーっと歩いて通過しました)境内を通過し、道標どおりにトレールをたどる。こんな天気なのに、やたら中高年のグループが多い。道幅一杯におしゃべりしながら歩いているので、今度から鈴でもつけて走ろうと思った。


夜都岐神社で少し休憩。このあたりの風景はいかにもいにしえの奈良という感じがして好きだ。このあたりから周囲にはやたら古墳が見られ、首長級の崇神天皇、景行天皇への墳丘へと続く。大和平野を望む絶好の地に墓を作った昔の人の感覚がわかる。このあたりから細い道が複雑に続き、道標も控えめに付いているから一度道を間違えてしまった。やがて左手になだらかな三輪山を望むようになり、大神神社に到着した。滋賀の三上山でもそうだけど、山を御神体としてそのふもとに社を築く、という宗教感覚は我々の世代になってもそれを普通のこととして受け入れているが、なぜこの山が選ばれたかを考えると、不思議な気もする。ひとつは形が美しいとか、荒々しいとかいう存在感が人をして敬わせるのかもしれない。


R169を奈良市街へひたすら走る。雪が激しくなり、フルフェースのウオーマーをかぶって怪しく前進。今日は完全防寒スタイルなので平気だが、南部の奈良でこの天気なら、滋賀ではどうなっているのか、帰りのことが心配になった。


地図で確認してあったショートカットの道に入った。しばらく行くと前方にこんもりとした古墳が見え、近づくと「箸墓」とあった。卑弥呼の墓と言われているがよく分かっていないらしい。以前からこの箸墓を見たかったので、ちょっと感動した。横殴りの雪の向こうに、1700年前のミステリー。


写真は上が白毫寺近くのナイストレール。下、箸墓。
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# by ozawa-sh | 2008-02-17 21:41 | Comments(4)

木に学べ

会社のハイキングサークルで、その名も面白い、「瓢箪崩れ山」ハイキングに誘われていたが、夕べ同じ大学の先輩の送別会があったので、朝起きられず行くのをやめた。家から駅まで自転車→JR→地下鉄→京阪→叡山電車と乗り継いで行かねばならないことを考えただけで、おっくうになってしまったのも原因。この山、京都の北山にあり、かなりの積雪量があると思うが、叡山電車の駅で「ワラジ」を貸してくれるそう。またの機会に。


午前中は家の掃除と、桂川大会以来ほったらかしになっていたシクロ車を洗車。おそらく来シーズンまで乗ることもないだろう。遅い昼飯を食べたあと再び昼寝したのだが、「これではイカン!」とガバッと起きあがり、やおらローラー台に取り組むことにした。TVの前に設置し、ビデオには94年のツールを突っ込んだ。インデュラインが4連勝目を上げた時だ。アームストロングはチラリと出てくるだけで、まだまだオーラを感じなかった。ちなみに、インデュラインの安静時の心拍数は28だそう!


ビブショーツとTシャツだけで漕ぐこと約1時間。横の棚にはドリンクとタオル。強弱をつけて漕ぐようにした。TVに写るツールの選手と同じケイデンスで漕いでみるが、ボクの方が速かった。そりゃかかっているトルクが違うから当たり前だ。汗ビッショリになって終了。


その後、会社の資料部で借りた「木に学べ」を読んだ。法隆寺や薬師寺西塔の建築の棟梁だった西岡常一の話を聞き取りしたもので、ずーっとビーパルに連載されていたものをまとめた本だ。宮大工の心と技に関する話がとても面白い。「塔組みは木の癖組み、人の心組み」というのが、西岡棟梁の座右の銘。木も人も、それぞれの個性を尊重しながら、「適材適所」で使ってやることの大切さを説いている。社寺に興味のある人は是非読んでみてほしい。(小学館 1400円)
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# by ozawa-sh | 2008-02-16 23:54 | Comments(0)

チェンライ最終日

レース翌日は毎年チェンライ近郊の観光地へ行くことにしている。しかしほぼ行き尽くした感があり、今年はどうしようかと考えた。結果、今まで一番印象に残っているミャンマーへ再度行ってみることにした。国境を越えた途端に感じるあのカルチャーショックを、再び味わってみたいと思った。時間があればゴールデントライアングルも行くことになった。ツアーは「サニー・サネー・トラベル」というところ。サネーの底抜けの笑顔が懐かしい。ちなみに昨年ガイドしてくれた奥さんは京都出身である。


昨夜はホテル中庭での表彰パーティーがあり、その後またチェンライ市街のナイトバザールへと繰り出した。腕時計を忘れたマッサージ屋にも立ち寄り、ボクの担当だった女性が出てきて、「ハイ!」という感じで腕時計を渡してくれた時はうれしかった。ちなみにこの時計、カヌーをやっていた時、瀬田川の川底に落としてしまったのだが、仲間が潜ってくれ、奇跡的に拾ってくれたという、実に運の良いやつ。そんなわけで、ボクは腕に時計を巻き付け、ホテルのロビーでサネーを待った。やがて約束の時間になると、サネーが現れた。手を合わせて「サワディーカップ!」。早速ストラーダの5名でマイクロバスに乗り込んだ。


車中でサネーからのウェルカム・プレゼント。ケーキだった。「今日は、ミャンマーとゴールデントライアングル、行きます。ホテルには4時に帰りますよ」とのこと。メールでちゃんと伝わっている様子。一路、タチレーの国境の街を目指す。一般道だがとにかく飛ばす、飛ばす。1時間で到着。ここで入国の手続きをとり、「え、これが国境!?」というような細い川を渡ってミャンマーに入国した。しかしなんと店長はパスポートを忘れてしまい、入国できず。タイ側で待つことになった。


ミャンマーに入った途端、たちまち輪タクの目の鋭い男達に囲まれる。しかしすべてサネーにまかせてあり、交渉して2台の輪タクに乗った。舗装路だがかなりデコボコで、はねる。前回も行った寺院へ行った。ここで昼食とし、ミャンマーの食事(名前は不明)を摂った。食事後、お寺の前へ行き、一度やってみたかった「カゴの中に入っている鳥を放してやる」という善行をすることにした。わざわざ鳥を捕まえておいて、また放すのがなぜ善行なのかよく分からないが、まあとにかくやることにした。カゴの穴を大きく開けてやると、ジュウシマツのような鳥が首を出し、しばらく躊躇したのち、元気に大空に飛んで行った。ウーム、確かになんだか良いことをした気分になった。店長の待つタイ側へ戻った。パスポート審査もかなり厳しい感じだった。


再び車を飛ばし、ゴールデントライアングルへ。メコン川で別れた国境を下に見る気分はなかなかのもの。その後、高速ボートに乗り、ラオスへ。ボートに分乗したのだが、サネーの乗ったフネのエンジンがかからず、サネーだけ後から追いかけることになった。今回はボートのトラブルが多い。ラオスといっても、中州の島だけで、お土産を見て歩く。なにも買うものがなく、ただブラブラと見るだけだった。子供達が5人ほど地面に座り、絶好の被写体だったが、金をくれと手を出すのがちょっと興ざめだった。


ホテルに戻り、最後のパッキングを終え、チェンライ空港へ。小さい頃見たような、懐かしい夕焼けが、西の空を染めていた。f0156359_23305918.jpg
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# by ozawa-sh | 2008-02-15 23:31 | Comments(2)
7時30分、ホテル前のゲートをスタートし、SS3のスタートポイントに向かった。今日も暑くなりそうな一日の始まりだ。ホテルを出てしばらく市内を走ると、金色の屋根が見えてきた。Wat Pra Tad Jom Sakという寺院である。長い階段には龍をあしらったデザイン。この前で全員の写真を撮る。最前列には前日1位だった各年齢別の選手達が並ぶ。ここにリーダージャージを着て座った年もあったんだけどなあ。


いよいよSS3のスタートだ。今回はコース終盤の下りのところで、道路が大きく崩壊しており、エスケープルートができているので、こちらを通るように指示されている。昨年もかなり大きな穴があいていたから、ここがさらに崩落したらしい。50歳台がスタートラインに着く。前日に上位をしめたタイ人は自信満々のように見える。しかしSS3は延々と山の中を押して上がるセクションが長いので、ここでがんばれば挽回できるかも、という淡い期待がなかったわけではない。


スタート。しばらくはゆるい上りが続くが、どんどんトップと離れていく。ここで着いていけば、あとになって反動がくるのが分かっているから、無理はしない。丘陵地帯や木のトンネルになったところ、山を巻くように走るところ、と変化に富んだ景色の中を走る。小さな町を抜ける舗装路もある。平坦なところではできるだけスピードを上げて時間を短縮したいところだ。そしていよいよ山道へと入っていく。いきなり自転車には乗れない、深い溝が縦に入った山道だ。少しでも路面のよいコースを選んでバイクを転がすのだが、どうにもこうにも前に行けない場面が何度も出てくる。しかし前後に同じようにあえいでいる選手達がいて、自分だけが苦しいんじゃないんだという思いがボクを支え、かろうじて前進することができる。


やがて熊本から参加のあづねえに追いつき、丁度そこが赤い花の咲く平地だったので、彼女をカメラに収めることにした。レースの途中で写真を撮るのは結構大変なのだが、なかなか絵になるシーンだった。しばらくまた上りが続き、乗ったり押したりを繰り返す。もう堪忍してくれと言いたくなる。やがて山頂を巻くようなシングルトラックとなり、峠を越える。そして待望の下りにかかった。しかしずっとバイクを押していたので、ブレーキを握る手が疲れている。かといって急坂ととても荒れた路面が続くので、その手を休めることができない。


!マークが三つ表示してある。この下に道路がなくなっているポイントがあるはずだ。迂回路に入る入口でその箇所がチラッと見えたが、なるほど、道がまったくなくなっており、上下の崖が繋がってしまっている。迂回路から本コースに入る。さらに下りが続き、気を抜くことができない。脚ももう限界になっている。そしてしばらく平坦な道を走りゴール。


ケータリングランチを摂るのはバンブーの生える公園。しかし食欲がなく、しばらくは皿に盛ったタイ食を眺めるばかりだった。今年の調子の悪さはこんなところにも現れていたような気がする。しかし、あとはSS4を残すのみとなり、これさえ走りきったらレースが終わってしまうと思うと、名残惜しい。


SS4がスタートした。なんとかトップ集団に着いていったが、上り区間で引き離されてしまった。そしてカーブの続く下り区間を目一杯とばした。途中でタイの選手に追いつき、声をかけて抜かした。コース周囲の景色を今思い出そうとしても思い出せないほどがんばって漕いだ。そしてラスト1キロの看板を過ぎ、これ以上抜かされないように走った。


前方にゴールのゲートが見え、そこへ飛び込んだ。もう走らなくていいという安堵感と、これで終わりだという寂しい感情が一気に押し寄せて来て、少し涙が出た。


ゴールでストラーダ全員がそろい、しばらくは皆でしゃべったり写真を撮っていた。ホテルへの道は、ほとんど車のない、タイの良さを味わえるボクの一番好きな道だ。牧場や田園やゴムのプランターもある。本当に粗末な家にも人が住んでいる。ニワトリや犬やブタが一緒に暮らしている。空気もまったりと心地よい。黄金のパゴダの脇を走る。雑貨屋に皆で入り、怪しいドリンクを飲む。すべてがボクを癒してくれる。ホテルでの表彰パーティーで飛ばされたたくさんのコムロイが、星と見分けがつかなくなり、ボクは来年もまたこの地に足を運ぶだろうと思った。
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# by ozawa-sh | 2008-02-14 23:20 | Comments(2)
我々が滞在した「リムコック・リゾート・ホテル」は、コック川のほとりにあり、どこからどこまでがホテルの敷地なのかも判然としないほど広くゆったりとしている。
レースはホテルの庭にゲートを設け、スタートとなる。


「今年も来れたなあ、、」という感慨にひたりながら、スタートの時を待つ。参加者が次々に集まってくるが、9割が日本人、残りはタイ人。欧米の参加者もいれば、もっと「インターナショナル」という感じがすることだろう。ボクは朝食のバイキングもたっぷり採り、体調は万全。冬場だったのでトレーニング量に不安があったが、これはどの選手も同じ条件だろう。ボトルにポカリスウェット、背中のアクアバッグには水をいれ準備万端。マシンも特に不調なところがなく、あとはエンジンがちゃんと最後まで動いてくれるかどうかが問題。恒例のセレモニーが始まった。高校生による火の踊りで、口に含んだガソリンを吹き付けて炎を頭上に燃え上がらせる。戦士を送り出す踊りなのだろうか。役員の挨拶はすべてタイ語なのでさっぱりわからない。とにかく地元色一杯のイベントが選手達を楽しませてくれる。


いよいよスタートの時が近づく。スタート台の向こうから少し霞んだ朝日が赤く我々を照らす。今日一日、一体どのようなことが起こるのか、期待と不安で胸がいっぱいになる。ゲートをくぐってスタート。最初はSS1へ向かうリエゾン区間で、20キロほどのチェンライ市内の舗装路をパレードよろしく集団で走る。パトカーが先導しペースはゆっくり。道の両脇には地元の人たちがもの珍しそうに集団が通り過ぎるのを見守る。もうすっかりチェンライの名物になっているのだろう。最初アームカバーをしていたのだが、すぐに暑くなってはずすことに。メインの通りから脇の細い道に入り、スタート地点の小さな公園に到着した。すでにスタートゲートが設置され、その先にはダートが待っている。


A1・A2からスタートしていく。ボクは同じようにスタートを待つ顔見知りの何人かと握手し、A5(50歳以上の部)の中に加わった。いつものタイ人の選手とも握手。言葉は通じないが、毎年同じ顔なので、ニッコリと返してくれるのがうれしい。いよいよSS1のスタートが切られ、砂煙を上げながら集団が走り出す。最初は平坦な牧場の中を行くのだが、たちまち集団がバラけ、ボクは真ん中あたりを走る。少しアップダウンがあり、大きな池の周囲を走る。ギヤを軽めにして回す。あまり飛ばすと必ずあとになってツケが回ってくるから押さえて走ることにする。すると前方にストラーダのジャージが。テンチョーとHやしさんが道ばたでなにかやっている。見るとクランクあたりを触っている。「クランクがトラブル!」という声を聞きながら、ボクにはなにもできないことが分かっているから先へと進むことに。


少しずつ傾斜のある坂が多くなり、山の中へ入っていくのが分かる。気温が上がり、首のあたりを日が照らす。アクアバッグのチューブから水を吸い、プーっと脚にかけてやる。瞬間は涼しくなるのだが、すぐに熱気に包み込まれる。赤土のよく締まった路面を行く。やがて以前転倒した急坂にさしかかった。ここは安全にバイクから降り、歩いて下りる。その下が集落になっており、子どもを背負ったおばあちゃんがレースを見守っている。村を過ぎると、山の中へ。しばらくはバイクに乗れないようなラフなシングルトラックを行く。前後には誰も見えなくなり、ひとり異国の山の中をトボトボと孤独に歩く。この感じがこのレースの隠し味なのかもしれない。


前方に壁のような急斜面が現れた。ここさえクリアすればゴールまで近いハズ。しかしこの坂はやはり登れず、首筋に直射日光を浴びながら押す!押す!押す!最後のひと押ししたところでオガちゃん(小笠原崇裕選手)がカメラを構えて待っていた。「あれー?今日はどうしたんですかあ?」と聞くと、「このレースは景色を見ながら楽しんで走ることにしてますから」と、その端正な顔でニッコリ笑う。日本のトップ選手でも、「楽しみたい」という気分にさせるのがこの大会の素晴らしさだと改めて思った。やっとの思いで急坂を登り切り、再び山の中へ。左手に累々と山脈が重なる景色の中、脚がつらないよう注意しながらゴールを目指した。


前方にゴールラインが見え、ボクはもう残っていない力を無理矢理出すようにして最後のペダルを回した。そしてゴール!今年は脚をつることもなく、無事SS1を走りきった。ところが、ゴールサインに署名している時、突然脚が痙攣し、バイクから降りることができなくなった。回りの人が手を貸そうとするとますます痙攣がひどくなり、そのまま横に倒れ込んでしまった。しばらくじっとしていたら治ったのだが、やはりこのSS1で攣ることは避けられなかった。


ストラーダの中では一番にゴールしたらしく、Tにむらさん、タチさんも後からゴールしてくる。そして店長のバイクを借りたHやしさんがゴール。店長は結局スポーツクラスのコースを車に乗ってやってきた。「いやー、スポーツクラスのコースもいいですよ!」とのこと。この時点でボクは4位であったが、3位のタイの選手とは5分の差があり、これ以上追うことは無理だと思った。


午後からさらにSS2がスタート。距離は短いが、SS1の疲れが出て、非常にきつかった。昨年までのオフロードがかなり舗装されていたのが印象的だった。そしてゴール。その後恒例のゾウ・ライディングで川を渡る。列をなしてコック川を渡るイベントは、この大会のハイライトだ。さらに中州で待機していた高速ボートに乗り、ホテルへ帰った。後で、あずねえとハルちゃんの乗ったボートが壊れ、沈没した話を聞き、さすが「マイペンライ(気にしない)」の国だと思った。
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# by ozawa-sh | 2008-02-13 21:49 | Comments(6)

フルート大好き!そのために感性を磨き、体力をアップし、日々努力。そんな毎日を書き綴っていきます。


by おざっち