おざっちの笛吹き日記

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2011年 05月 12日 ( 1 )

震災から2カ月

朝、自転車で出勤しようと思ったら、不機嫌そうな空から雨が降ってきた。仕方なしに車で送ってもらった。このところ梅雨のような天気が続いている。通勤自転車に乗れなかった替わりに、昼は固定バイクで汗を流した。といってもほんの20分ほどで、最後に少しだけ負荷をかけて終了とする。社内は一定温度の空調が効いているハズなのに、ビルの中にいても季節を感じるのが不思議だ。ストレッチし、地下の風呂場へ行く。この時間、丁度輪転機が回り始め、夕刊を刷り出す。これが37年間続けてきたボクのパターンだ。輪転機と言えば、、、


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資料室でこの本を借りてきた。あの「阪神淡路大震災」に際し、神戸新聞社がどのように対応したのか、そのドキュメントだが、今回の東日本大震災とダブらせながら読んでいる。あの日はウチの社に、ケガをし、包帯をした神戸新聞の人たちが来てコンピューターに向かって新聞製作をしていた。そして出来上がったフィルムをヘリで輪転工場へ運んでいた。編集局のある本社は地震で機能しなくなったが、離れたところにあった輪転工場は幸い無事だった。その前後の様子と全貌が、この本を読んで理解することができた。受け入れ側のウチの社の知っている人も登場し、当時の動きを知ることができた。
今回の震災時も地元紙が発行できないようになり、相互協定を結んでいた他紙のシステムを使ってなんとか発行したらしい。新聞屋というのは、遅配や記事の間違いを極端に嫌う。ましてや発行できないというのは、極端な話、死ぬことと同じだと思っている節がある。だから、必死で発行する。ボクは記者ではなく広告制作の仕事だから、それほどの気持はなかったものの、あの日からしばらくは臨時広告をたくさん作った覚えがある。


もしもの時のために、一応防災袋に色々と必要になりそうなモノを入れて吊してみた。しかし、本当に壊滅的な地震が来るとは、まだ本気で信じられない。自分だけは大丈夫だと思っている。今の平和な状況が、この先ずっと続くと信じている。だが、30年以内に東南海地震が来る確率が相当高いとのデータもあるから、現実のものとして考えなければならないだろう。だが、家屋が潰れても、いずれは復旧することは可能だろう。しかし、今回のように原発から放射能が漏れたら、復旧しようにも近寄ることさえできなくなる。そして琵琶湖が汚染されれば、まさに生きていくことさえできなくなる。
政府や関係機関では今後、原発の安全レベルを上げる方向で考えているらしいが、まさに「懲りない面々」という気がして仕方がない。テロ、隕石、地震、火山爆発、、、など、人知を越えたアクシデントが発生すれば、原発の安全レベルなど吹き飛んでしまうのだ。原発のもたらしたメリットは色々あり、今さらこれを捨てるわけにはいかないかもしれないが、今回の事故でもハッキリしたように、一度破綻すればそれ以上のデメリットとなり、最悪、人類の存亡にもかかわってくる重大な問題だということを今回の震災が改めて教えてくれた。


テレビのチャンネルを回せば、未だ避難所で不自由な生活を送る人たちの声が聞こえてくる。自分がこの人たちの立場だったらどうだろう。住む家がなく、職場もなく、愛する人も津波にさらわれ、、、。
今回の震災は、本当に多くのことを考えさせる。
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by ozawa-sh | 2011-05-12 22:22 | Comments(0)

フルート大好き!そのために感性を磨き、体力をアップし、日々努力。そんな毎日を書き綴っていきます。


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