おざっちの漕ぎコギ日記2

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スズカロード二日目 思わぬ幕引きが、、

早朝4時半に家を出、一路スズカ決戦の地へと向かった。1号線はガラガラで、スイスイと走れた。駐車場からまずはストラーダのテントへ移動。今日は雨の心配もなく、昨日の大雨とはうって変わって爽やかな空が広がっていた。ボクは50歳台の部、7時半スタートにエントリーしていた。シンさんも昨年同様、同じカテゴリーで走ることになる。年々この部門は増加の一途をたどり、スタートラインには、加齢臭とサロメチールの臭いがたちこめていた。それにしても皆いい脚をしており、彼らに勝つのは並大抵ではないことを予想させた。目標にするレーサーはパインヒルズの大塚和平さん。昨年はアッと言う間に先行され、ダントツの速さだった。


ピストルの音と共にスタート!作戦としては、1周目から先頭集団に入り、シケイン手前の坂もがんばって集団前方をキープ、昨年のように先頭を走らず、その後方につくというもの。そして最後のゴールスプリントでは、S字カーブの中間あたりから思い切り踏み倒してトップでゴール。そんなシナリオを描いていた。スタートしてすぐに右のシューズのクリートがはまらず、探しながらペダルを踏む。少しずつ前方へ上がり、そのままシケインへ突入。集団が密集しており、とても怖い状態。逆V字状に開いた集団の中央をキープしながら、脚を回す。前の方にシンさんの赤いジャージも見えている。そのまま1周目を終え、再びシケインへの長い坂を上る。ここで離れてしまっては、勝負にならない。シケインにはストラーダのみんなが声をからして応援してくれている。


立体交差を終え、スプーンカーブのあたりだったろうか、後方から「前の方に一人逃げてるで!」の声。見ると、知らぬ間に黄色のジャージが単独で走っている。すると「スピードアップするから、真ん中を空けて!」と大塚さんの声。そして、スルスルっと先頭に立ち、黄色のジャージを捕まえに行く。大塚さんに着いていったシンさんの話によると、「現場を見てやろうと、ボクも加速して行ったんです。そしたら大塚さんは黄色いジャージの前に出て、そのまま集団に引き戻し、自分はその勢いで先に行ってしまいました。ああやって捕まえるんだと、すごく勉強になりました」とのこと。さすが常勝のレーサーである。


レースも後半に入り、S字カーブにかかる。ここでアクシデント発生!さてこれから加速しようとしたその瞬間、前方右10メートルあたりで二人がからむ落車発生。「あっ!」と思っていると、隣りのバイクがそれに乗り上げて落車、さらにその隣りもクラッシュ。ボクは一瞬、そのバイクに乗り上げるか、あるいは左へかわすかとても迷った。へたにコースを変えると後方のバイクと接触すると判断し、というか、急には方向を変えられず、わずかに相手のタイヤあたりに接触し、そのまま落車してしまった。ストラーダのみんながコース脇で心配そうに見ているのが分かった。バイクをチェックすると、右ブレーキがひん曲がり、なぜか外を向いている。どんな転び方をしたのか、よく分からない。そして、ブレーキと前輪が干渉して回らなかった。


ボクはバイクを引きずって、コースから出た。ボクのスズカの夏は終わってしまったと実感した。作戦どおり先頭集団の前方におり、まだ脚も余っていたので、残念さがこみ上げてきた。しかし、体はかすりキズひとつなく、不幸中の幸いと言うべきか。後で調べたら、ブレーキを交換すれば、元どおりになるようだ。まあ、落車も実力の内ということで、あきらめることにした。


その後のレースでヨットレーサーさんもストラーダのテント前で落車。やはり先頭集団にいたので、とても悔しがっていた。そして、最後のレースは国際ロード。我がストラーダのエース、オオタ君が出る。コースを10周。プロや外国選手も出る、レベルの高いレースを見られる。予想どおり、やってきた集団はとても速く、我々とは全然次元が違う。しかも美しい。最後までオオタ君は集団におり、最終は20位前後だと言っていた。ここまでの成績はストラーダ始まって以来である。(拍手)


第25回のスズカ。今年こそはひとけたを、と思っていたのだが、思わぬ形で幕を降ろしてしまった。しかし、ここまで続けてこれた自分をほめてもいいだろう。9月のマスターズは、さらに走りこんで、納得できる成績を残したい。
写真はひん曲がってしまったアルテグラです。トホホ。
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第25回 シマノスズカロード 初日

今年で25回目を迎える「シマノ・スズカロード」。ボクはこの前身となる、「グリーンピア三木サイクルロード」に5回ほど出ている。途中出場できなかった年もあったが、かれこれ30年はこの大会で走っていることになる。


今日は初日。しかし朝から雨模様で、モチベーションが下がる。前日は夜遅くなり、同じく遅くしか出発できないononoさんの車で9時に出た。ビンちゃんとナオコさんと合流、第二名神を通り、現地に向かった。いつもと違う駐車場で自転車を下ろし、レース会場へ向かう。幸い雨は小降りとなり、肩から荷物を下げてバイクで走って行くことができた。ストラーダの指定席である、シケイン横のテントに到着。例年ならコース沿いにテント村ができているのだが、今日はこの雨で閑散としていた。他チームはパドックを拠点としていた。だからパドックは足の踏み場もないほどだった。すでに受け付けも済んでおり、まずは本日出場する「チームレース」のゼッケンと車番を取り付けた。ボクのチームは社長、Kにしさん、ヒロちゃんという顔ぶれで、さてどういう展開になるのか、楽しみであった。


12時30ころ、レースはスタートした。3チーム12名が横一列でスタートする。ボクはストレッチを少しやっただけで、全くアップしていなかったので、どこかで皆と切れるのではないかと、少々不安であった。しかし走り出してみると、意外と調子がよく、これなら行けると思った。雨はなんとか上がっているものの、路面は濡れており、前のバイクのタイヤから跳ね上げる水しぶきで、走りにくかった。「今日は滑りやすい」と誰かが言っていたので、カーブは慎重に走るようにした。最高時速が50キロしか出ていなかったことが、それを証明している。チームレースが3周回を走るのだが、1周目を終わり、シケインに向かう坂でKにしさんがちぎれ、3人で走ることになった。他チームをかなり抜かしたが、抜かす直前で相手の動きを読みながら、左右どちらから抜かすのかを判断する。


長い下りの続くS字カーブは、スリップが怖かった。事実、「後のタイヤが滑りましてねえ、、」という人もいて、油断がならない。先日の丸岡ロードの事故も頭をかすめる。3周目に入り、少し脚をつりそうになったが、なんとかごまかしてゴールスプリントへ入る。3人がそろってゴール! いつもならそのままシャワーテントへ直行するのだが、気温が低くてその必要はないくらいだった。テントに戻ると、他のチームの人たちも帰ってきて、レースの模様をあれこれ話し合った。


その後、2時間エンデューロにウチのチームからもたくさんエントリーしたのだが、雨が激しく降ってきて、コース上を流れる。走っている人も可愛そうだが、ボクも寒くなってきて、仕方なくバスタオルを体に巻いて観戦した。全員が無事に完走。その後テントを撤収して帰宅した。明日は早朝再びスズカへ出動。50歳台のレースを走ってくる。昨年は最後のゴールスプリントで差されて、ひとけたに入れなかったので、今年はなんとかひとけたを狙いたい。 じゃ、寝ます!
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ランカウイ島ツアー 最終日

ランカウイ4日目。そろそろ日本に帰りたくなってきた。そう、ボクは東南アジアの雰囲気は好きなのだが、どうも食事が合わないのか、滞在三日目くらいでお茶漬けが恋しくなる。風呂も日本の方が絶対にいい。ドブンと湯船に浸かりたい。


さて、今日はジャングル・トレッキング・ツアーを申し込んである。ロビーに現れたのはインド系の浅黒いおじさん、DAVE。そして参加者はドイツ人の親子で、母親とその息子である。で、車に乗ってジャングルへ移動するのかと思いきや、ホテルの敷地を歩きながら自然観察をするというもの。確かにこのホテルの敷地は、ジャングルで、その中にコテージが建てられている。道を歩きながら、色々な植物や動物の説明を受ける。合間にドイツ人ともしゃべる。息子の方がとてもいい子で、よく気がつくし、ほがらかだし、母親を大切にするし、昔の良き日本人を見ているようだった。お母さんは離婚したとのことだった。


「あ、あの木を見て!」とDAVE。木の幹の途中に、なにか動物がじっと止まっている。「モモンガです。ちょっと見ていてね」と木の幹を足で蹴る。するとモモンガ君は羽を広げて、空中を滑空し、隣の木に飛び移ったではないか。初めて見た。それから「あ、マムシに注意ね」だと。しかし、30分ほど過ぎたところで、ポツリポツリと雨が。風も強くなってきて、これからホテルの敷地から本格的にジャングルに入るところで、ツアーは中止となった。その時のDAVEの言うことがかっこよかった。「It's my decision」つまり、ボクの判断でツアーはやめます、ということだ。そしてなんとツアー代金も返すとのこと。午前中はジャングルツアーで過ごす予定だったので、時間ができてしまった我々は、バンタイビーチへタクシーで行き、おみやげを買うことにした。しかし「どうもおかしいなあ?」と思っていると、タクシーは違う方向へ走り、クアタウンへ着いてしまった。ホテルで呼んでもらい、ちゃんと説明したのになあ。やれやれ。


仕方なく、その町でおみやげを買い、ついでにマッサージをして帰ることにした。しかし思ったより上手で、特をした気分に。ホテルへ帰ってから、水上コテージが建ち並ぶ一角にあるタイ料理で夕飯を摂った。


ランカウイ最終日。ヨメはホテルの敷地内にあるスパへ。どうしてもランカウイで自転車に乗らないと気がすまないボクは、バンタイビーチのアキナちゃんに会うべく、レンタル自転車を借りて走ることにした。ところが、飛行場を過ぎ、ハーバーを過ぎ、いくつも村を過ぎ、アップダウンを繰り返しても、なかなか着かない。地図を見てもちゃんと合っているはず。今日は暑く、汗が噴き出す。おまけに「マグマ」印のMTBはサドルが低く、タイヤもフレームにすれており、変な音がするしろもので、ストレスが溜まる。しかし、島の道は車が少なく、いずれは120キロの島巡りをしてみたいと思った。


ようやくバンタイの町に入り、アキナちゃんのいるスパの前にやってきた。受け付けには太ったおばさんがおり、「今日はあの娘は休みさ」とのこと。なーんだ、ガッカリ!ここまでおそらく30キロは漕いだことであろう。急にテンションの下がった(?)おざっちは、町のはずれの浜まで走り、ヤシの木陰でひとり旅の寂しさを味わっていたのであった。再び同じ道を戻り、ようやくホテルへ到着。水着に着替えてプールサイドで昼寝することにした。あまりの暑さに、たまらずプールの中へ。


夕刻、ホテルをチェックアウトし、島の飛行場から国内線に乗ることに。しかし飛行機が1時間遅れ、無事にクアラルンプールで乗り換えできるだろうかと心配であった。クアラルンプールに到着すると、マレーシア航空の係員が待ちかまえており、「こっちです!」と我々を誘導する。大慌てで走る。すでに機内には乗客が座っており、すぐに離陸した。「ちゃんと荷物を乗せ換えたかなあ!?」と心配であった。


6時間のフライトの後、早朝に関空着。しかし、全く荷物が出て来ず、ずっと待つはめに。そして結局荷物は現れず、なさけなーい気持ちで係員に言うと、「今荷物はクアラルンプールにありますから、明日の便で来ます。宅急便ですぐに送りますから、大丈夫です」とのこと。まあ衣類くらいしか入っていなかったのでよかったものの、旅の疲れがドッと押し寄せてくる感じだった。やれやれ。ボクはそのまま出勤。仕事が山のようにたまっており、旅の余韻など味わっているヒマはなかった。


後日談。翌日にはちゃんと荷物は届いた。、、、届いたが、なんとケースの取っ手が無惨に壊れていた。この旅行、最後の最後まで「やれやれ」な旅でした。
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ランカウイ島ツアー 3日目

ようやく晴れ間が覗いたランカウイの朝。ホテルの近くから出ているロープウェイで、グナング・マットという山に登ることに。乗り場のあるふもとは、公園になっており、しばしお土産などを見て回った。で、ロープウェイ乗り場へ行ったのだが、なんだかただならぬ雰囲気。延々と列が続いているではないか!待ち時間1時間は長かったが、実に様々な人種がいて、彼らを見ていると飽きることがなかった。たまたま同じゴンドラに目以外を黒い布で隠しているイスラムの女性とその彼氏と乗り合わせた。髭が濃くて、なんだか話しかけるのがためらわれたが、「どこから来たの?」と聞いてみると「サウジアラビア」ということで、気さくな人だった。しかし、全身真っ黒の布で覆われた彼女の方は無口で、宗教的な理由からほかの男性とは口をきかないようにしているのかと思った。山頂は絶景で、こちらに来てようやく晴れ晴れとした気分。そしてなんとも表現が難しい吊り橋を渡ってみた。


午後から、予約してあった「マングローブ カヤック ツアー」に参加した。ロビーに迎えの車が来て、島北部を目指す。そこに登場したのが、長髪のガイド。「BOYと言います」と自己紹介した彼は、東京に4年間いたこともあるそうで、流暢な日本語を話す。しばらく船に乗り、カヤックのある水上小屋へ。ここでシットオン・タイプのカヤックに乗り、しばらく練習。一度上がり、モーターボートで曳いて、マングローブの原生林へ。今回の参加者は夫婦連れと女性二人組。その夫婦連れの彼の方はすごい体をしていて、聞けば「砲丸投げをやってました」とのこと。途中で砲丸にそっくりの実が頭上からなっており、この偶然に笑ってしまった。


カヤックに乗り換えた我々は、段々と深くなるマングローブの密林に分け入る。一口にマングローブといっても、実に様々な種類がある、とのBOYの説明で、一同興味津々で漕いでいく。さらに川(といっても、じつは海が入り組んだ入り江)が細くなったところで、樹の枝にカニクイザルがいた。BOYがパンを差し出すと、カヤックに乗り移り、美味そうに食べる。とても人なつっこい。さらに洞窟をくぐり、元の場所に帰ってきた。まるで迷路のような水路は、ガイドがいないと迷子になる。


その後、ワシの餌付けを見た。水面にエサをまくと、どこからともなく数羽のワシが現れ、群がる。それから水上小屋で夕飯を摂った。その頃には全員が親しくなっており、楽しい時間だった。暗くなり、バスの待つ元の場所へボートで帰る。その途中、水中にはキラキラと夜光虫が光りながら後へ飛んでいくのだった。


写真は上から
1 山の頂上にある、変な吊り橋。
2 カヤック ツアーは絶景の中を行く
3 ガイドのBOY(っていう名前です)。いつもニコニコして、楽しいヤツだった。
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ランカウイ島ツアー 1・2日目

(ランカウイ雨ツアー 初日)
毎年行っている夏休み海外ツアー。今年はバリへ行くつもりだったが、うまいツアーがとれず、マレーシアの「ランカウイ島」へ行くことになった。一体どんな島なのか、さっぱり知らなかったが、調べてみると、マレー半島の西に浮かぶ島。先年行った、ペナン島の北方にある。唯一知っているのは、「ツール・ド・ランカウイ」というロードレースがあることくらいだった。、、ということは、ひょっとして自転車で走れるかも、という淡い期待をしながら、マレーシア航空で関空を飛び立った。フィリピン上空を過ぎるあたりから機体が揺れだし、濃い雲が眼下に続くようになり、それはマレーシアまで変わることはなかった。今は雨期なのである。


クアラルンプール国際空港で乗り換え、さらに1時間ほどでランカウイ空港に降り立った。以外と涼しい気温25度。灼熱の日本から、熱帯の国に来たという実感なし。迎えの車でホテルへ。空港からは、いつものアジアの町が道の両側に続いていた。ひとつ違うのは、森が濃いなあ、という印象。この島は自然がよく保護されているそうだ。ホテルはベルジャヤ・ランカウイ・リゾート&スパ。吹き抜けのロビーはいかにも南のホテルという感じ。海に面している。ところが、着いてからカギを渡され、はて?部屋へはどうやって行くのかな、と思っていると、シャトルバスに乗ってくれという。どうやらコテージ形式のようだ。アップダウンのきつい道を500mほど走り、コテージに到着。「ええ!食事やプールに行くのも、このバスかよ!?」とヨメと顔を見合わせた。


コテージはまったくの原生林の中に建っており、さっそくシャワーを浴びようとしたのだが、湯船には湯がたまるものの、シャワーに切り替えるノブが動かず、蛇口に頭を突っ込んでシャンプーをするしかなかった。さらには、トイレをフラッシュしたあと、水が止まらず、いちいちタンクの中をいじって自分で止めるしかなかった。さっそくフロントへクレームの電話を入れた。やれやれ、、。さて、テレビでも見ようと、「シンガー製」のテレビをつけると、30秒ほど経ってから写った画面は、どのチャンネルもボケボケ。唯一NHKだけがなんとか見られる程度。やれやれ、、(今回の旅は、やれやれ、がこの後も連発される旅になりました。やれやれ)


(ランカウイ雨ツアー 2日目)
朝、雨の音で目が覚めた。空調の音がやたらうるさく、よく寝られなかった。ボクは「ブーン」というモーターやエンジンの音が苦手で、神経が休まらない。普通は耳栓をするのだが、今回は耳栓をしても聞こえてくるほどひどかった。やれやれ、、。さて、朝飯でも行こうかと思うが、シャトルバスを呼ばなければならないので、散歩がてら歩いて行くことにした。雨が一段と激しくなり、その中を傘をさして歩く。深い原生林の中にポツンポツンとコテージが建っている。バイキング形式の朝飯をとる。イスラムの人が多く、中には目以外をすべて黒い布で覆った女性もいて、どうやって食事を摂るのか興味津々。見ていると、口の前を覆う布を少し持ち上げ、そのすき間からフォークを入れていた。不便だなあ。オープンになったレストランは気持ちがいいのだが、ハエがやたら多く、手で追い払いながらの食事となった。やれやれ、、。雨なので、仕方なく隣りのジムへ行った。ところが器具は少しあるのだが、使おうと思っていたサイクルマシンが壊れており、セッティングできない。仕方なくウェイトトレーニングをするしかなかった。やれやれ、、。外はますます激しい雨になり、プールで寝ころぶ人もおらず、皆ロビーのソファーで北京オリンピックを見ている。


午後からはなんとか晴れてきて、バンタイという町までタクシーでスパへ行くことに。まずは花の浮かぶ風呂に入り、その後3時間くらい全身をくまなくマッサージしてくれる。とてもていねいだし、少し暗い雰囲気が良く、旅の疲れが飛んでいくようだった。受付の日本人「アキナちゃん」がすごく可愛い娘で、終わってから写真を撮らせてもらった。その後、前の浜で食事し、二日目の夜は更けていく。


写真
1 部屋はロッジ。周囲は深い森。
2 スパの受け付けは日本女性 アキナちゃん。か、可愛い!
3 ここにうつぶせてマッサージを受ける。
4 やれやれの一日が終わとしている。
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遅ればせながら、お盆休み

明日からお盆休み。他の営業の人たちが続々と出勤し、仕事を持ってくる中、大立ち回りで、エイヤッと仕事を切って切って、切りまくった。しかし、スポンサーの返事待ちの仕事が数本あり、あとは部下に押しつけ、いやいや、お願いして「サイナラー!」と会社を逃げてきた。


明日からヨメとマレーシアのランカウイ島行き。一体どこにあって、なにがあるのかサッパリ知らないまま、出発の前日となってしまった。唯一、知っているのは、「ツール・ド・ランカウイ」という大きなロードレースがあること。レンタルバイクでも借りて、島一周でもしてくるかな。あとは、マングローブのカヤックツアーもあるらしい。
26日早朝に帰国。どうやら関空からそのまま出勤となる模様。


ようやくパソコンでメールのやりとりができるようになった。アドレス帳に登録してある方には、帰国してから連絡します。
じゃ、行ってきます!
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イオ光、導入

ケーブルテレビから「イオ光」に変えた。どれだけ表示が速くなるのか、期待していたが、正直あんまり変わりない。ついでにメールアドレスも新しくしたのだが、やっぱりうまく繋がらない。ボクの留守中に担当者が来て設定してくれたらしいのだが、これではあかんやん。最後までちゃんとやります、という約束でイオ光に変えたのだから、明日また来てもらおう。料金的にはまあ、ネットとテレビと電話代も込みこみで、今までより年間で約3万円も安くなるらしいから、その点だけはメリットがある。


ダイスケさんが、注文しておいたタイヤを自宅まで持ってきてくれた。それとパーツが来るまで自分のポンプも貸してくれたので、またロードに乗れる。さらに、MTBのブレーキも近々入荷するとのことで、心機一転で自転車ライフが楽しめそう。


写真は、もう終わってしまった大文字の送り火の、昼間の遠景。200ミリの望遠で会社から撮ったもの。なにやら中心に小さくテントらしきものが写っている。「大」の上には入道雲。
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このバッグに愛着あり

今通勤に使っているのがこの青いバッグ。2001年の宮城国体の時に、参加賞として選手・監督がもらったもの。だが、国体のマスコットが描いてあったりして、50歳台の男が持つバッグとして、いかがなものかとは思う。しかし、その後色々とバッグは購入しているのだが、結局これが一番使いやすく、ヨレヨレになるほど使っている。サイズといい、ポケットの数といい、実に使いやすい。自転車の前にもピッタリ乗る大きさ。それに多少ハゲてきたとはいえ、「MIYAGI」と書いてあるのが、「お、国体に出たんや」と思わせてかっこいい(と自己満足)。


しかし、最近はさすがにボロボロになってきて、定年まで持つのか心配になってきた。「信三郎帆布」でも一度見てこようかな、と思っている。フルートのレッスン用のバッグも欲しいし、人のバッグが気になって仕方がない今日この頃。
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ホームコンサート

午前中、家の用事を済ませてから、富川林道を走りに行った。暑さも少しましになったが、峠への上りではまだまだ汗がしたたり落ちる。富川林道は、普段からほとんど車に出会わないが、今日はお盆のせいか一台も見なかった。ほとんどが日陰で、横を川が流れ、気持ちよく走れる。大鳥井へ一気に下り、瀬田の文化ゾーンを通って帰宅。丁度2時間のコース。今日は桜峠の下りで、最高時速を更新!72.6キロをマークした。スピードが上がるにつれ、さすがに怖くなったが、ここは70キロをオーバーしてブログに載せてやろうと頑張った(だれもほめてくれないけどね)。それにしても60キロと70キロでは体感スピードが全然違うことが分かった。


午後から、山科に住むフルート仲間のワダ君の家へ。本当に偶然なのだが、彼の家のど真ん前にプロのフルーティストであるドイツ人が住んでおり、本日彼の家でホームコンサートがあると聞いて行ったのである。お茶付きで1500円の会費を納め、小さなホールへと入ると、すでに50人ほどが着席していた。奥さんが日本人のピアニスト。その母親もピアニストだという。最初は弟子たちがピアノ曲を演奏し、最後に彼ロレンツィのフルート演奏があった。とても柔らかい音の響きで、フランス流の演奏スタイルを感じさせた。ワダ君曰く、「朝なあ、よく二人でゴミ出しにいってるで。手つないで」だとか。芸術家でもちゃんとゴミは出すのである。


演奏会終了後、ワダ君と近くのシダックスへ行き、男二人でレンタルルームを借り(怪しい)、2時間ずっとデュエット曲を練習した。終わる頃にはフラフラになった。


写真、ひときわ背の高いボーズ頭がルカス・ロレンツィ。ドイツ語であいさつくらいはしゃべろうと思って行ったのだが、しゃべるチャンスがなかった。残念。
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再び、伊吹山へ

お盆で東京にいる娘が帰郷し、どこか涼しいとこへ連れてって、というわけで先日の息子と同じ伊吹山しか頭に思い浮かばず、行くことにした。名神はひと足早いUターンが始まっているのか、少し渋滞気味だったが、割とスムーズに関ヶ原で下りた。前方の伊吹山山頂には前回と同じく雲がかかり、どうやら絶景は望めそうにない。ドライブウェイをどんどんと上るにつれ、雲が近づくが、山頂の駐車場には以外と霧がかかっておらず、これならまあまあのハイキングができそうな雰囲気。そして、車から出てくる人は皆、「すずしー!」と涼風を味わっている。


西回りから上り始める。前回のようなシモツケソウが満開、というわけにはいかなかったが、別の白い花が全盛期であった。登山道はまさにアリの行列状態で、中には金色のハイヒールなんて女性もいて、お気軽登山を楽しんでいる。30分ほどで山頂。下界からは雲が吹き上げて来る。そんな中でおにぎりをほおばる。休憩後、東回りを下りて、駐車場へ。信州まで行かなくても、お花畑の高原気分を味わった。


さらに関ヶ原鍾乳洞へ。今日はとにかく「涼しいところへ」、がテーマなんである。で、コースが完全に舗装された鍾乳洞の中にもぐり込む。伊吹山頂とはまた異なった涼しさが心地よい。しかし、鍾乳石はいずれも規模が小さく、いまいち。いちいちつけられたネーミングが大げさだった。その後、伊吹薬草風呂に入り、長浜の黒壁が見たいというので、長浜へ。久しぶりに行った黒壁のあたりは、すっかり観光地化されており、人が多かった。しかし、近くの黒壁美術館は、元醤油を商っていた豪商の館跡で、ガラス製品を中心とした展示物は見事だった。車の停めてある長浜市役所へ戻る途中で大雨に降られ、今日のテーマである、「涼しさの旅」は最後まで涼しいものとなった。
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