おざっちの漕ぎコギ日記2

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モクレン

天気予報では午後から雨を告げていたので、午前中にロードを走り、伊吹山ヒルクライムの仕上げをしておこうと思った。しかしなんやかやで家を出たのが10時半。団地の坂を下るとすぐにポツリと来た。今日の予定ではお気に入り「富川林道」を走るつもりだったが、これでは帰るまでに雨がひどくなりそうなので、急きょ朝練のコースに変更。周回コースなのでいつでもやめて帰ってこられる。田上の田園地帯を行く頃にはかなりの雨量となる。「毛知比神社」横の短い上りを一気に上り、さらに大鳥居の上りを行く。どうせ濡れるのは同じと思い、思い切って周回コースに入った。それほど寒さは感じなかったので、調子よく飛ばす。途中、辻選手に教えてもらった、「インナー-ロー」で脚を思い切り速く回す練習もやってみる。腰が踊ってしまい、スムーズに回せない。さらにはサイスポに書いてあったダンシングの技術練習。正面から見たときに、体の垂直軸がぶれないようにする、を意識してやってみる。うむ、これはまあまあできているかな。調べてみると、伊吹山のドライブウェイは、平均斜度6.4%、最大斜度が10%とある。昭和40年に開通したそう。今回は除雪が間に合わなければ多分12キロ地点の「上平寺越駐車場」までに短縮される。エントリー代が6000円だから、キロ500円、2mで1円ってわけか、、、。こりゃ楽しまな損や。


瀬田の文化ゾーンを飛ばして帰宅。ザッとシャワーを浴び、コテンと昼寝。起きてみると、アクが抜けたみたいにスッキリ。
夕方からフルートの練習。先生から出された課題曲と、バッハの無伴奏ソナタA-molを少し。だいぶ指が回るようになってきた。


庭のモクレンが爆発寸前。って、通勤途上のよその家ですが、、。我が家のモクレンはたったの4個だけ(^^;)
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おけいこごと

昨夜はフルートのレッスン。二週間ぶりだった。まだ先生とは二回目なので、最初は緊張のせいか、家で練習しているような音が出ない。レッスン時間の半分を使ってロングトーンという、音を長く出す練習をするのだが、唇の位置がなかなか決まらない。ある一点で澄んだ音がするポイントがあるのだが、これを探しながら音階を上げたり下げたりを繰り返す。音質は料理で言えば素材の善し悪し。音質が悪ければ、どんなに指が回ろうが話にならない。ピアノなら、猫が踏んでも人が叩いても同じ音が出るが、管楽器はここが違う。


良く歩くと良い音が出る、というのはボクの経験から言えることだが、先生に聞いてみるとやはりそういうことはあるらしい。先生の先生は、「レッスン場まで歩いて来なさい」と言われたんだそう。なぜかというと、体が温まるから。柔軟になるから。そうか、ボクの経験則もまんざらでもなかったわけだ。


20分もすると、ようやく本来の音になってきたようで、いよいよ曲を吹くことになる。まずはケーラーの練習曲から。前回よりは良く吹けてます、ということで、次は先生とのデュエットとなる。クーラウの二重奏。よく練習してきたにもかかわらず、早いパッセージで指がもつれる。でも、二本のフルートの音色がハモる気分は最高。


アッと言う間に時間となり、レッスン料をお渡しし、楽器を拭いてケースにしまう。管の中は水滴がたまり、端から床にしずくが落ちるくらいなので、最後はキレイにしておかなくてはならない。


さて、今日はononoさんとの朝練の日。5時半起床。少し風邪ぎみだったが、かまわず家を出た。思ったより寒く、もう少し厚着をしてくれば良かった。ononoさんはヒザを痛めているので、セーブしながら走る。田上の直線で電柱二本分を目標にダッシュする。瀬田の文化ゾーン上りでは、時速20キロ以上をキープして上る。ononoさんも最後まで着いてくる。瀬田川を渡り、緑道を流して本日の朝練は終了。良い汗をかいた。


仕事はとてもハードになってきている。昼休みのトレーニングも行けず。上半身のトレをしたいのだが、、、。
イスから立ちあがって、窓の外を写真に撮ってみた。
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音楽

昼過ぎ、突然のクシャミ連発。その後鼻水が止まらず。人と話していても、タラーと鼻水が垂れそうで、話に集中できない。いよいよと言うべきか、ついにと言うべきか、花粉症が現れ始めたようだ。さらに夕飯にビールを飲むと、鼻づまりが一層ひどくなり、口で息をしている状態。でも、今年は開き直っているので、「まあ、仕方ないか」的な気分。ずっと続くわけじゃなし、、。しばらく仕事がヒマだったのに、このところ急激に忙しくなってきた。そんなストレスも関係しているのかもしれない。


杉花粉というのは微細な粒だが、もしこれが目に見えたらどんな動きをしているのだろう。風に乗って飛んできた花粉は人の頭や肩などに付着し、人混みの中でそれがフワッとボクの顔に飛んでくる。あるいは、道に落ちた花粉は車が通り過ぎたとたんに舞い上がり、自転車に乗って激しく息をするボクのノドに吸い込まれる。たとえば、そんな経路で人体に取り込まれるのだろう。やはりここはマスクをすべきだろうか。あるいは初心貫徹、断固マスクはしないでこの春を過ごすべきだろうか。実利をとるのか、見栄えをとるのか、迷うところだ。


先日職場に出入りのデザイナーである、siwapuri君が仕事を持ってやってきた。ついでにこのブログの容量を増やす設定をしてくれたおかげで、残り3分の1だった寿命をグッと増やしてくれた。容量が満タンになったら、このブログも止める気でいたのだが、これで止めるに止められなくなった。書くのがおっくうな日もあるが、まあできるだけ書き記していこうと、思い新た。


さて、明日は二度目のフルートレッスンの日。けっこう練習したので、楽しみである。最近は、元ベルリンフィルの主席フルート奏者、ジェームズ・ゴールウェイの演奏を繰り返し聴いているが、いかにもドイツ人らしい構築的な演奏に下を巻く。たとえて言えば、ドイツ製の工業製品を思い起こさせる。見えない部分までも計算され、ピカピカに磨かれた完成度の高さ。フランス人のランパルやラリューとは全然異なったスタイルが面白い。


写真は、秋篠寺の苔庭。音楽、、である。
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大峰林道

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「遅くなってから天気は崩れてくるでしょう」との天気予報だったので、午前中に走りに行くことにした。さて、どこへ行こうかと考えた結果、さ来週の伊吹に向けて、「大峰林道」へ。今日はいくつかの峠を攻めることにした。
猿丸神社への上りで、マジリングの人たち数名と遭遇。女性ライダーのチェーンがアウターからインナーにチェンジした時に引っかかる、とのことで見てあげたが、どうやらピンが固くなっているらしい。しかしたいしたことがないので、帰ってから治すということになった。彼女はボクの名前を知っていたのだが、ボクは何度顔を見ても思い出せなかった。


曲がりくねった上りにかかる。上りの中にも適度に斜度が変化し、しかもカーブもあるから、このコースは飽きることなく上ることができる絶好のコースだ。時折ウグイスの声が山の中から聞こえる。マジリングチームに先行したのだが、途中で抜かされてしまった。彼らも伊吹に出るとのことで、気合いが入っている。


30分ほどで峠に到着し、快適なダウンヒルにかかる。すると前方からなにやらオレンジジャージの男が上ってくる。「巨匠」ことサノさんであった。昨日は150キロを走りかなりお疲れの様子。「今日は積極的疲労回復です」とのこと。さらに下っていくと、途中、下界を見下ろすあたりは両側が梅林になっており、ほのかな梅の香りの中を走り抜ける。すぐに平家の落人伝説のある集落に入る。ここには「弘法の井戸」があり、夏には必ずここでノドの渇きを癒すが、今日はパス。さらに宇治田原へ下る。郷之口から宇治ラインに出て、桜峠、関津峠、最後は瀬田の文化ゾーンへの上りをこなす。


帰宅してからシャワーを浴び、コテンと昼寝。起きてから1時間半のフルート練習。後半になってから自分でも気持ちよいくらいツヤのある音が出るようになってきた。ただし、相変わらず指が回らない。夜になって雨。


写真は「秋篠寺」の本堂(国宝)。屋根の微妙な曲線が美しい。この中に「技芸天」が。
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王家の谷、そしてしょうゆをかけて食べるアイスクリーム

奈良づいている。京都とは違った歴史の重み。これが人をとりこにする。で、今日は快晴の下、奈良市の北に伸びる「佐保・佐紀路」をノンビリ歩いてきた。なぜ自転車で行かないかって?MTBが現在修理中だからである。そして地図を見ると、とんでもなく入り組んだ路地を行くことが多いようで、ここはひとつ歩いて下見をしようと出かけた。


電車か車か、さんざん迷ったのだが、乗り換えのことを考えるとどうしても車に利がある。「環境、カンキョー」と言っている人間としては失格である。そして、奈良へ向かう途中「やっぱり、、」と大いに後悔した。木津あたりですごく渋滞していたからである。で、車を置く奈良少年刑務所に到着したのが、すでに11時半になってしまっていた。これから約20キロほどを歩き、何時に帰ってこられるのか。


まずは刑務所のレンガ塀に沿って歩き始める。住宅街の静かな道。このあたりが佐保山である。ひんぱんに地図を見ながら確認して前へ進む。まずは「興福院(こんぶいん)」を目指す。ところが知らぬまに通り過ぎてしまい、ウロウロしているとおじいさんが近づいてきて、とても親切に道を教えてくれた。おまけに地図にはない幅1メートルほどの裏道まで教えてくれた。これがまた趣のある道で、大いに特をした気分。写真はその山門から見たところ。奈良高校の正門前を通り、ややこしい小道を曲がっていく。地図と「歴史の道」という道標だけが頼りだ。


「不退寺」が正面に見えてきた。この寺の中には石棺があり、以前来たときに見たのでパス。24号線を渡ると、ここから古墳が連続して現れる。しかもどれもこれもが大型の古墳ばかり。まさに「王家の谷」と呼ぶにふさわしい一帯である。「ウワナベ古墳」「コナベ古墳」から「磐之媛命陵(仁徳天皇のヨメさん)」の間を通り、平城京の大改修の門が見えてくる頃には「平城天皇陵」の横を通過する。西へ進むとさらに古墳の密集度が高くなり、古い神社も左右にたくさん現れてくる。門前に立っている説明を読むと、ほとんどが1300年以上前の創建。道に迷いながら、「日葉酢媛命陵(なんて読むのかわかりましぇん)」「孝謙天皇陵」「成努天皇陵」などが隣りどうしにひっついて並んでいる。このあたりの雰囲気がすごく良く、もっとハイカーが訪れてもおかしくないと思うのだが、それほど人は見かけなかった。


「神功皇后陵」を右手に見ながら、次は今日楽しみにしていた「秋篠寺」へと急ぐ。「奈良競輪場」の近くを通り、ここからも民家の間を迷いながらお寺へ到着した。この寺の中には有名な「伎芸天」がおられる。本堂(国宝)の前には今を盛りと紅梅が咲き、すっきりした本堂の屋根の曲線とのコントラストが素晴らしい。薄暗い本堂の中に入ると、その伎芸天が左端に立っていた。本尊の薬師如来はちょっと面白い顔をしている。観覧する人たちはもっぱら伎芸天ばかり眺めている。これが国宝ではなく重文だというのがどうも解せないのだが、、。秋篠寺のコケの庭もすごく見事である。


山門を出て南下。すると向こうからマラニックの人たちが走ってきた。以前にも南紀でマラニックの人たちと出くわしている。さて、ここで西大寺の駅に向かおうと思ったのであるが、駅前にその「西大寺」があり、境内を通っていくことにした。土地の名前になっているくらいだから、大きなお寺である。


近鉄でふた駅、奈良に戻る。駅前は観光客で大にぎわいであった。商店街を抜け、車へ戻る途中、ふと見ると民家をそのまま喫茶店にしたようなお店の前に、「しょうゆをかけて食べるアイスクリーム」という札が目に入った。「え、え、えー!?」と思い、思わず入ってしまった。するとそこはほんとの個人宅で、「どうぞ、好きなところにお座りください」と店主。で、ソファーに座り「しょうゆをかけて食べるアイス、下さい!」と注文。ウーム、一体どんな味がするんやろ?と想像していると目の前に出てきた。おそるおそる一口。「???!!!」なんとも言えない味がした。いや、不味くはない。むしろ美味しい。そして最後はまた食べたい、と思った。


車に戻ると2時半くらいで、以外と早く着いた。帰りは渋滞を恐れ、加茂を通って帰った。
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満月

6時頃、会社の窓から東山の上にポッカリと満月が。思わず「月はおぼろに東山」と口づさんでしまった。春のおぼろ月ではなく、秋の透明な空に浮かぶ月のようだ。この時期にしては珍しい。駅から自転車に乗り、月と同じスピードで走る。この感覚、、どこかで体験したことがあるなあと思ったら、小学生の頃に通ったソロバン塾の帰りを思い出させた。


ソロバン塾は家から5分ほどのところだったのだが、終わると公園を突っ切り、一目散に走って帰る。今でも鮮明に思い出すのは、月の光で影ができ、それを追いかけながら走ったことである。小脇にかかえたソロバンがシャッシャッっと鳴っていたなあ。


今夜の月は、ボクを子ども時代に帰らせてくれる月だった。
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なんだか、つまらん写真でごめんなさい。
やっぱり本物の月を見ないとダメですね。
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NHK全国放送に出た!

先日から奈良の吉野川でカヌーを漕ぎませんか?というお誘いを受けていたので、行こうと思っていた。ところが今日は朝からかなりの雨。天気予報では昼過ぎからあがるでしょう、と言っているのだが、水源となる三重県はかなりの雨量らしい。実はこの川にはいやな思い出があって、「吉野の雨」と聞いただけで、その時のことを思い出す。


かれこれ20年前になるだろうか。仲間と北山川へカヌーツアーに行った。ちょうど台風が接近していたのだが、台風が上陸する前に川下りを終える予定だった。深夜に出発し途中まで空には星がまたたいていた。ところが、五條市から吉野川をさかのぼり、十津川に沿って南下するあたりからポツポツと雨が降り出し、曲がりくねった道を南紀の懐深い山中へと分け入るあたりから、猛烈な豪雨になったのである。しばらくトンネルの中で待機し、皆との話し合いで、「ここは引き返すべき」との結論に至り、残念ながら今来た道を帰ることになった。道路は川のように流れていた。すでに夜中2時くらいだったので、いつも大会が行われる芝崎の駐車場で仮眠してから帰ることになった。そこは吉野川を眼下に見下ろす場所で、水面から30メートルはあるだろう。


車の中でグッスリ眠る仲間達。そして夜がしらみだした頃、遠くからかすかに「助けてーーー、、、」と叫ぶ声が聞こえた。「ん?」と思い、車の外に出てビックリした。なんと、吉野川はすぐ足もとでごうごうと音をたてて流れているではないか!このあたりは岩場で川幅が狭くなっているとはいえ、30メートル近く水位が上がったことになる。そしてくだんの声の主は、どうやら川のふちの深い茂みの中にいるらしい。しかしカヌーに乗って救出できるような生やさしい流れではなく、全員なすすべもなく立ちつくすばかりであった。その声は二度としなかったのであった。
上流のダムが急な大雨で、一気に放水したため、河原にいた多くの釣り人達が命を亡くした。後に裁判になっている。


実は今日、もうひとつカヌーの用件があり、午前中に、「地球エコ2008地域から環境を考える」というNHKの生放送に、結成された「びわ湖トラスト」が出ることになり、発起人は湖北の知内浜に集合。「カヌーイストは出番ですよ」との号令を受けていたのである。もちろん任意参加なのだが、こちらにも行ってやりたい、という思いがあった。8時に現地集合なので、早く決めないといけない。


優柔不断のボクは、車にカヌーを積み込みながら、まだ迷っていた。約束の時間は迫ってくる。「これくらいの雨なら吉野もそんなに増水してないんとちがうかなあ。久しぶりに流れの中でカヌー漕ぎたいし、、」「この天気でトラストの連中の集まりが悪く、応援に行ってやりたいなあ。ましてカヌーイストの出番だと言うし、、」とさんざん迷ったあげく、「吉野はまた行けるけど、NHKに出るチャンスは二度とない」という結論に達し、北に向かう決心を固めたのであった。(Oがわさん、すみませんでした!)


湖西道路を使い、1時間ちょっとで知内に到着。NHKの放送車が2台、パラボラアンテナを空に向けている様子が目に飛び込んできた。そして向こうの砂浜にはメンバーがカメラやスタッフの前に並んでスタンバイしている。ストラーダからはフジイさん、つっつんが参加していた。リハーサルも始まり、ボクはギリギリのタイミングで到着することができた。


「はい、最後に皆さんで元気よく手を上げて振ってください!」との可愛い女性ディレクターの指示で練習をする。そしてスタジオと現場をつないで本番開始。ボクはパドルを突き出して、後列でも目立つようにした。カメラ、マイク、セリフを書いたパネル、手元の時計とにらめっこしながら指示を出すディレクター。なーるほど、中継とはこういう仕組みになっているのか、とちょっと興奮しているうちに中継が終了した。
発起人のひとり、大津在住の画家、ブライアン・ウィリアムズさんの顔も見えており、手に自分の作品を持っていたので話しかけてみた。彼はすぐにボクのパドルに目を留め、「わあ、いいパドルですね」と流暢な日本語でしゃべってくれた。握手し、手にした作品についてしばらく質問した。


帰宅途中、高島の水鳥センターの下でウッドカヌーを作っているところに立ち寄ってみた。主催者が不在だったが、工房のカギを開けて中を案内してくれた。作りかけのカナディアンカヌーがひっそりと完成を待っていた。


帰宅し、1時間昼寝。その後ロードで2時間のトレーニング。途中でストラーダに寄る。シャワーのあと、フルート練習。なんだか今日はバタバタの一日だったような気がする。
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花粉症が治った!?

ononoさんと朝練。日の出が現在6時03分なので、集合をいつもより早く6時15分とした。時間どおりononoさん登場。心配なのは、週末にかなりの距離を乗っておられるので、疲れていないかということ。普通ならここらで休みを入れるのに、朝練。さらには帰宅してから仕事場までジテツウするというから、またひとりチャリバカが出現した。


家を出る前にウェアを迷ったが、下はロングとショートの組み合わせ、上は起毛ジャージとアームカバーとウィンドブレーカーの3枚だけ。グローブはモンベルのアンダーグローブとストラーダの指切り。足にはハーフカバーを重ねた。ヘルメットの下に薄出のキャップをかぶる。しかし走り始めはさすがに寒かった。スタートがいつもより15分早いので、少し遠回りする。南郷洗堰を渡り、田上の田園地帯を走る。ononoさんも積極的に前を引く。体が大きいので、後に着くとすごく楽だ。いつものように、電柱2本分の距離をダッシュ。


大鳥居の上りから瀬田文化ゾーンへの連続した上りをこなす。時速20キロを割らないように上る。今日は23キロくらいで上れた。医大の裏をゆっくり流し、息を整える。瀬田川に向けゆるい下りを飛ばす。緑道をゆっくり走り、ononoさんと別れる。今日は1時間ちょっと走れたので、満足。


今年も花粉症の季節になったのだが、開き直って一切マスクもメガネもしていないのに、症状が出てこない。さすがに朝起きると目がカユイのだが、例年に比べたらたいしたことない。クシャミもたまーに出る程度。一体どうしたんだろう?ひょっとして、体が花粉を吸収する許容量を越してしまい、マヒしているのかも。それとも歳をとってくると感じにくくなってくるのだろうか?


写真は奈良、布目ダムへの上りの途中にて。
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修行

起きたのが遅く、「さて今日はナニしてアソボ?」。で、伊吹山ヒルクライムを意識して「富川林道」を走ることにした。正式名は「富川-牧線」と言うらしい。次第にきつくなる傾斜は、走りごたえ充分である。


その前にまずは家の掃除、フトン干し、そして今日はトイレ掃除もした。庭の水巻きホースを家の中に引き込み、手も足もまくり、ブラシ片手にゴシゴシとやる。仏教では「東司(とんす・とうす・とっす トイレのことですね)」をきれいにすることは修行のひとつとされているそうで、ボクも今日は朝から修行である。便器をゴシゴシやっていると、確かに雑念が振り払われ、次第に崇高な気分になることを発見。これはクセになるかも、、。


11時、心清らかになったおざっちは、富川林道に向けて出発。鹿跳橋を渡り、富川より細い林道に入った。今日は峠までたれないように走り切るのが目標。30分ほどのヒルクライムを黙々と漕ぐ。ここは傾斜がきつくなったり、ゆるくなったり、波状にしかけてくるので、飽きることがない。杉林の昼なお暗い道なので、昼暗いむ、、ひるくらいむ、、、ヒルクライム(もーええか?)


今日は目標どおり峠までがんばって漕げたので満足。カーボショッツを流し込み、あとは一気に下りを飛ばす。途中、いきなり鹿が二頭、道に飛び出し、ボクと同じ方向にしばらく走る場面に遭遇。最後はボクの方をチラッと振り返り、森の中へと消えた。ここで時速59.7キロを記録。もうちょっとで60キロだったのになあ、、いくじなし!


さ、これから昼寝。起きたらフルートの練習を予定。今日はバッハの無伴奏ソナタを吹いてみよう。
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春うらら、、先輩と歩く山背古道

同じ大学出身の会社の先輩を誘い、「山背古道」ハイキング。この古道は現在、城陽から木津までが整備され、総延長は約25キロ。途中数々の見所があるのだが、未だあまり知られていない穴場である。道はほぼ平坦で舗装もされているから、初心者でも歩ける。途中でバテたら、奈良線と併行しているのでいつでも中止できるというメリットもある。


さて、先輩と言っても、二人ともすでにリタイアしており、ボクさえ空いていればスケジュールを合わせやすい。そんなことで、梅が満開の今日歩くことになった。昨日までの雨もすっかり上がり、絶好のハイキング日和となった。いつもはMTBで走る道を、今日はテクテクと歩くことになるのも新鮮だ。


京都駅から奈良線に乗り、次の駅「東福寺」でチュー先輩が乗ってくる。そして城陽にてS先輩と合流し、次の駅である「長池」で降りた。駅前の旧道を南へ歩き、あたり一面の梅林の中を行く。今が盛りの白い梅がみごと。人が少なく、静かな梅見を楽しむことができた。民家の中の曲がりくねった道を行き、やがて307号線を横断して川沿いを歩く。少年サッカー場ができていた。再び梅林を抜け、井手の古い町並みを行くと、「高神社」に到着。あたりは「ホタル公園」として整備されている。団体のハイカー達とすれ違うが、ご多分にもれずジジババばっかり。日本の若者は一体どこで遊んでいるんだ!?の声。


やがてこのコースで一番きつい上りに入ろうとしたとき、前方で舗装工事をしており、通行禁止。なんとか通らしてもらおうと、ガードマンのおばちゃんに交渉したが、やっぱりダメで、少し回り道をしてからコースに復帰。ここも梅林とミカン林になっており、遠く京都の南部を見晴るかすことができる。ウグイスも盛んに啼き、いよいよ春がやって来たと思わせる。竹林を通り、一気に南山城の展望の開ける道を歩く。


民家の間を通り抜けると、「小野小町の墓」そしてしだれ桜で有名な「地蔵禅院」への階段を上る。開花するとすごい人が押し寄せるのだが、今日は我々以外にだーれもいない。ここで昼食とした。「椿坂」をゆるく下り、タケノコ畑を通過し、やがて「蟹満寺」へ至る。来年秋の建立を目指し、本堂の工事中。ブルーシートが広げられ、調査の最中らしい。


「棚倉」を通過し、ボチボチ脚が疲れてくる頃、「大塚山古墳」に上った。この古墳からはたくさんの鏡が出土したのだが、古墳の真ん中を奈良線が横切り、円墳だけが形をとどめ、方形の部分には住宅が建っているという、残念な状態になっている。被葬者は地下でどう思っているのだか、、。上狛の入り組んだ細い路地を歩き、散々疲れた頃に「上狛駅」着。本当は「木津駅」まで行きたかったのだが、今日はここまでにした。


「木津を越えたら、すぐに奈良で、ここからはまた山辺の道というのが続いてるんですよ」というボクの言葉に、興味津々の二人であった。
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