おざっちの漕ぎコギ日記2

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食べて 走って 食べて 走って、、、

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先週の日曜日は、京都府の北部美山町で開催された「美山サイクルグリーンツアー」に参加してきた。参加するのは三回目だが、年々人気がウナギ登りで、申し込みの5時間後には参加締め切りとなる始末。人気の理由はもちろん、コースのすばらしさなのだが、各エイドステーションに用意されている食べ物・飲み物の内容が豊富で、走るために食べるというよりも、食べるために走るの感が強い。

朝4時、皇子山に住むKさんをピックアップし、二台のロードバイクを乗せた車は一路美山へと走る。しかし、周山街道の途中でかなりの雨に降られ、ただでさえ暗い雰囲気の周山街道なのに、気持ちまで暗くなる。しかし、雨雲レーダーを見ると、雨雲はやがて京都府を抜けそうだったので、走るときは大丈夫だろうと読んだ。
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一時間ちょっとで美山着。すぐ受付へ行き、ゼッケンを受け取った。すでにスタートラインに並んでいる人もいて、我々も準備を急いだ。やがていつもの仲間も到着し、スタートを待つ。ただし、列に並ぶと、スタートしてもかなり待たされるので、ちょっとズルをして、スタートラインの100mほど向こうから間に入ることにする。
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美山町は、京都国体のときにロードレース会場になったところで、自転車に対する地元の理解が深い。元々、車の通行量も少ないので、走っていても安心なのだ。山の緑、そして透明な川の流れが美しい。本当に気持ち良い環境の中を走ることができる。
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千数百人の自転車が、いくつもの集団となって走る。雨もすっかり上がり、走るには丁度良い天候だ。我々の集団は、普段から走っている人ばかりなので、他の集団を抜かしながら快調に飛ばす。前の晩にフレームを磨き、チェーンにオイルを差してやった我が愛車も、気持ちよくスピードを上げていく。

やがて第一エイドステーションにやってきた。たくさんの食べ物が並んでいたが、まずは朝食としてオニギリに手が出る。といっても、様々なオニギリが並んでいて迷う。「紫蘇のオニギリ」を食べることにした。そして紫蘇ジュースも飲む。もちろん、手作りの漬物も。
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途中のチェックポイントでは腕輪をもらい、その数でどこを回ったのかが分かるようになっている。しかし、食べることがメインになっているので、数はどうでもいいのだ(笑)。次のエイドを目指す。鹿肉のコロッケや氷水に浮かんだトマト、スイカを食べる。あ、スウィーツもあるけど、後のエイドで食べることにしよう。

気温が上がってきて汗をかく。エイドでは口をモグモグさせながら、木陰で休む。透明なゼリーが美味しいなあ。今日はゲストとして、元バレーボール選手の益子さんや、シンクロの奥野(朝原)史子さんも参加しているけど、姿を見たのは最初だけで、あとは全然会わない。
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やがて毎年川遊びしているチェックポイントにやってきた。橋のたもとから河原へ下りていくと、すばらしく冷たくて透明な水が流れている。シューズを脱いで川の中へ皆で飛び込む。これもこの大会の楽しみだ。皆で水をかけ合ったり、流れにまかせたりして、谷あいに笑い声が響く。
しかし、寄り道ばかりしているので、距離が全然伸びない(笑)。

70キロほどを走り、ゴール。少し疲れたが、お腹は満腹(笑)。参加賞の美山の米をもらい、帰路についた。
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瀬戸内の島々を旅する

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「とびしま海道」「しまなみ海道」をつないで走ってきました。新幹線で広島まで行き、呉線に乗り換え、「広」という駅で降りて走り始めました。
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宿は、とびしまの先端近くにある江戸時代からの港、「御手洗(みたらい)」。この町の出身者に、「中村春吉」という人がいます。明治時代に、自転車で世界一周をした人で、春吉の碑の前に立つのが、今回の旅の目的のひとつでした。その碑は、蝉時雨の中、神社の境内の中にひっそりと立っていました。
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翌日はまだ暗い中、岡村港まで走り、今治行きのフェリーに乗りました。瀬戸内海の島々が、霧の中に浮かびあがり、旅気分を満喫しました。
さて、今治からしまなみ海道を北上したのですが、いつもとは違う道を選択。これがまたすばらしい道でした。しかし、途中からガーミンがうまく表示されず、標識に導かれながらのツーリングとなりました。
尾道に到着。お約束の尾道ラーメンを食べ、30キロ先の福山へ走ります。駅前で自転車をバラし、無事新幹線に乗ったのでした。
今回は、久々に本格的な輪行をし、ずっと計画を暖めていたコースを走ったので、満足感のある旅となりました。
瀬戸内の島々を眺めながらのサイクリング。またいつか走ってみたいコースです。

ちなみに、今回はガーミン(GPS)を使ってコースを確認しながら走ったのですが、知らない土地を長距離走るときには心強い見方です。
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我は湖の子 ~カヤックでビワイチの夢~

今年の目標のひとつに、「カヤックでビワイチ」というのがある。折りしも「琵琶湖周航の歌」が作られて100年となり、タイミングも良い。加藤登紀子さんが歌ってヒットした曲だが、ボクの好きな歌のひとつである。

調べてみると、琵琶湖の周囲には六ヶ所の歌碑があり、時計回りに回ると、歌詞の一番から六番を順番に回ることができる。今日はそういうことも含めて、一緒に回るハルマッタンさんと企画会議を行ってきた。梅雨があけ夏本番を迎えたようで、今日はすごく暑い一日だったが、ご自宅まで自転車で行くことにした。

ハルマッタンさんは自分でシーカヤックを作ってしまった人で、この愛艇で琵琶湖を回るのが夢。その美しい木造の艇を横目にしながら、琵琶湖の地図を広げ、鉛筆片手に作戦を練った。食料のこと、宿泊のこと、航路のことなど、考えておかねばならないことが色々とある。一番の問題はやはり天候のこと。湖が荒れれば進むことができなくなる。
で、時期は10月の初めごろとした。ハルマッタンさんの自宅は瀬田川に面しており、そこがスタート地点となる。初日は近江舞子、二日目は知内浜、三日目は長浜、四日目が近江八幡、五日目にゴール、という計画だ。すべてキャンプ泊である。
テントはあるけど、シュラフは学生時代にサイクリングで使っていた古いもの。またマットは買わねばならない。食器やバーナーなどはある。

まあ、状況を見ながら、無理しない範囲で漕ぎたいと思うが、果たしておじさん二人の夢は本当にかなうのだろうか。
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キュウリ

今日は、新しく入団したVIVOの定期練習の日。皆が準備して円を描くようにして音出ししているところへ、少し遅れて指導者の先生が入ってきた。手に、なにか大きなビニール袋をさげている。それを円陣の真ん中にドサッと置くと、「これ、皆さんで分けてください」とのこと。中に大きなキュウリがたくさん入っている。「ご近所からた~くさんいただいたので、皆さんにもおすそわけです」。
練習が終わってから、早速三本ほどをいただいて帰ってきた。

今度のアンサンブルはこういう感じで、とっても雰囲気がいい。練習後に食べに行ったり、何人かで集まって合奏したりもする。演奏レベルは高くないけど、こういうアットホームな感じが気に入っている。

今日は、来年20年を迎えるので、その記念コンサートの話し合いが持たれた。会場はびわ湖ホールと決まり、曲目の大筋も提案された。役割を決めないといけないけど、チラシとプログラムはボクが作ることになった。楽しい雰囲気のを作ろう。

重たい楽器を背負い、自転車を漕いで帰宅。汗だくになった。夏だなあ。
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車の点検

スバルに買い換えて1年半、6ヶ月点検の案内ハガキが来たので、今日車を持っていった。特に気になるところはないけど、知らない間に、ブレーキランプの近くに小さなヘコミができている。金属のところではなく、プラスチック部分だ。ディーラーに、いくらぐらいかかるか尋ねてみたら、「バンパーごと換えないといけませんので、約8万円かかりますねえ」とのこと。そんなにかかるんなら、やめだやめだ!走りには全く支障がないし、プラスチックなら錆びる心配はないから、放っておくことにした。
でも気にはなるなあ(笑)

前回のオイル交換から4000キロほど乗っているので、交換した方がいいですと言われたけど、6000円もするので、次回半年後にすることにした。次回は、「点検パック」に入っているから、タダでできるのだ。ほんとは、3000~5000キロで換えた方がいいらしいけどね。

作業の間、飲み放題のアイスコーヒーをチューチューやりながら、借りてきた本、椎名誠「かえっていく時間」を読んでいた。なかなか良い時間。
小一時間経ち、ツナギを着た整備士さんがやってきて、作業について順次説明してくれる。どこも悪くないそうだ。洗車もしてくれてピッカピカ。
はい、これでまた安心して乗れますね。
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地域を生かす

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今日は、杉谷と多羅尾を結ぶ約20キロの道をサイクリング。それぞれに、ある方が所有する古民家があり、ここをなんとか生かしたいということで、その間を結ぶ道が自転車で走るのに丁度良いので、とりあえず走ってみたい。コースの途中には、大きな池があり、ここでカヌーもできそう。

こんな話が、いつもカヌーを教えているところから持ち込まれ、子どもの体験プログラムとして面白いのではないかと、ボクも興味を持ち、走ってみることにした。
今日はお試しということで、ひと家族が参加。主催者の用意した電動自転車に乗ってもらう。ボクはロードだったけど、上り坂ではいい勝負。いや~、電動自転車の実力はあなどれません。
多羅尾をスタートすると、すぐに磨崖仏が。「滝の磨崖石仏群」というそうだ。多羅尾は500mぐらいの高度にある土地なので、杉谷までは下り基調。ここは、家康の「伊賀越え」にちなんだところで、代官屋敷もあるという古い土地だ。
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細い林道をどんどん下っていく。途中脇道に入り「鶏鳴の滝」に寄っていく。上りになっており、電動自転車に置いていかれそうになる。
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やがて、カヌーができそうだという池に到着。かなり大きな池で、所有者の許可さえとれればカヌー体験もできそうだと感じた。
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やがて杉谷の集落に到着。ここまで寄り道しなければ一時間もかからない距離だ。ほとんど下りばかりなので、特に電動自転車じゃなくても、普通のチャリで充分と感じた。

到着したところにある古民家の中を見せてもらうと、昔ながらの竈(かまど)があったり、ゆがんだガラス戸がはまっていたり、黒光りのする板張りになっていたりと、なかなか風情がある。前の庭もキャンプができそうなくらい広いし、その向こうには青々とした田園が広がる。
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これらを上手く組み合わせて活用すれば、面白そうなことができそうだと感じた。
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老人ホームへ慰問演奏

まったくねえ、、、「漕ぎコギ日記」なのに、すっかり「吹きフキ日記」になっております。まあそこは今しばらくお付き合いください。

というわけで、今日はタイトルのように、野洲にある老人ホームへ、慰問演奏に行ってきました。今まで何度か老人ホームで演奏したことはありましたが、こんなに広々としたホームは初めてでした。周囲は畑が広がり、ほんとに開放感のある施設です。どうせ入るなら、こんな老人ホームへ入りたい(笑)。

今回の演奏は、新しく入団したVIVOでの演奏で、ボクとしては入団して初の演奏会となりました。曲は、「浜辺の歌」「夏の思い出」「エーデルワイス」「ねこバス」「いつも何度でも」「ハンガリー舞曲第5番」「七夕さま」「ほたる来い」「ほたるの宿」「夏は来ぬ」「みかんの花咲く丘」「琵琶湖周航の歌」「あざみの歌」「瀬戸の花嫁」と、簡単な曲ばかりでした。これらを、ボクは普通のフルートとバスフルートを持ち替えての演奏。気負うことなく、全く緊張せずに演奏し終えることができました。

目の前には、平均年齢がおそらく80歳は越えているかというお年寄りばかり。演奏が終わっても、拍手がまばらだったのですが、どうやら拍手する気力さえ衰えているようです。対するこちら側も、あと10年もすれば向こう側へ行くような人ばかりなので、場の雰囲気はまさに和気藹々(笑)。ほんとに気が楽でした。

大きなホールは、とてもよく音が響き、これまた気持ち良く演奏できました。ピアノも真っ白なグランドピアノで、老人ホームにピアノがあること自体初めてでしたが、真っ白とは。ああ、こんなところに入所したい(笑)。途中で、指揮者の先生のオーボエ独奏も入り、多分飽きずに聴くことができたと思います。

12名のVIVOの演奏は、音程や音量など、基本的な点で発展途上ですが、団の雰囲気も良く、ボクにとってまずは居心地の良いアンサンブルのようです。あとは個人レベルを各自で上げていくようにして欲しいところですが、まあ今のままでもいいかなという気もしています(笑)。
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フルートの仲間との8年間

定年を前にし、30年ぶりに復活したフルート演奏。長く眠っていたフルートを下取りに、退職金をあてにして金製のフルートも買ってしまった。レッスンにも通い始め、本格的に取り組むことにした。
しかし、やはり一緒に演奏する仲間が欲しいと探し始め、京都の山科に「ZEPHYR」というフルートアンサンブルがあることを知った。どの程度のレベルなんだろうと、練習会場へ行き、実はドアの外でしばらく様子を伺っていた。そこから聞こえてくる演奏は思った以上に上手で、ドアを開けずにそのまま帰ってしまったのであった。

しかし、やはりアンサンブルをやりたいという思い断ちがたく、翌週再び行き、思い切って会場のドアを開けることとなった。そこには、数名の人が指導者の先生を中心にフルートを演奏する風景があり、しばらくの見学の後、吸い込まれるように入団してしまった。
その後何度か練習に参加し、なんとか演奏にはついていけたので、「よし、これなら行けそうだ」と思った。徐々にメンバーの顔と名前を覚え、親しくなっていった。

やがてメンバーの一人から低音のバスフルートの購入を勧められ、買うことにした。アンサンブルを支える低音の面白さに目覚め、その後はバスを専門に吹くこととなった。

そしてボクも60歳を迎え、なにか記念になることをやりたいと思い、「還暦コンサート」というものをやることにした。琵琶湖大橋のたもとの「ヤンマーマリーナ」のレストランを借り切って、主だった友人を招きやることにした。ゼフィルの仲間もアンサンブルで参加してくれることになった。

ゼフィルの定期演奏会がやがて始まり、デザイナーという職歴を生かして、ボクはチラシやプログラムを作る担当になった。ひとつのイベントを作り上げ、そこに人を呼び込むというのは、しんどいけどなかなか楽しい作業だった。過去にはカヌーの大会を主催するという、畑違いではあるが同じようなことをやったことがあるのだが、演奏会をやるというのはより緻密な仕事と感じた。

定演以外にもゼフィルの仲間数人で、老人ホームやレストラン、はたまた町内会の依頼演奏などにも出演し、その場その場に応じた対応など、たくさんの経験をした。また知り合ったピアニストと、東京での演奏に行ったこともあった。
そんな中、ステージで「あがる」ということも何度かあり、練習でできていたことができないという苦い経験も何度かした。それは今でも続いているのだが。

時が経ち、定演も今年で6回目を迎えたのだが、徐々に自分の中で「しんどい」という気持ちが芽生え出していた。ゼフィル全体のレベルがアップし、それに応じた難しい曲が選択されるようになってきたのだ。ボクより若いメンバー、しかもほとんどが中・高校時代に吹奏楽を経験した人たちばかりで、そういった曲に楽々とついていくのだが、ボクひとり曲の途中で迷子になったり、リズムを刻めなくなる場面があった。
また、重たいバスフルートばかりでなく、譜面に普通のコンサートフルート、水などなどを担いで練習会場まで行く気力が衰えてきているのを感じていた。自転車やカヤックを漕いだりするのとはまた違うしんどさである。特に雨の日には自転車で行けないので、歩くかバスに乗るしかないのだが、その距離もかなり遠く感じる。

やめる決心が徐々に固まってきたのはそんな動機だったかもしれない。そして決定的になったのは、同じ大津市内で活動するフルートアンサンブルVIVOの演奏を聴きに行った時のことだった。市の広報で知った演奏会。「へ~、こんなに近くにフルートアンサンブルがあったのか」とごく軽い気持ちで聴きに行った。広々とした公民館のホールで行われたのだが、中高年を中心としたメンバーの演奏はレベルこそそれほど高いわけじゃなかったのだが、なぜか心に響き、心に残った。演奏終了後メンバーの人と話し、ここならそれほど気負わずにやれるのではないかと思った。
練習が金曜日の午前中という、まさに中高年しか参加できない時間設定だ(笑)。練習会場も広々とした板張りのよく響く会場だし、駐車場も広々、家から車で10分と近い。また指導者の先生は、元京都市交響楽団のオーボエ奏者ということで、練習に参加してみて分かったのだが、的確な指導をしてくれる。みみっちい話だが、月額費も安い(笑)。

ということでしばらくしてからお試し練習会に参加し、その場で入団を決めてしまった。しかしその時点ではまだゼフィルに未練を残していた。実にどっちつかずの不安定な心境であったことは事実である。こういうことの判断というのは難しい。ゼフィルの仲間と過ごした8年間の重みということを考えると、退団することがいいのかどうか迷う。バスの後釜をどうするのか、チラシやプログラムは誰が作るのかなど、そういう責任をどうとったらいいのかということもある。

しかし、心はどんどんVIVOの方に傾き、すべてを振り切って入団する決心をした。VIVOの中の数名でやっているアンサンブルの依頼演奏に参加したことも後押ししている。曲もいままでより簡単で、気楽に演奏できる。でもそれはゼフィルで鍛えてもらったおかげだ。

そして迎えた最後の演奏が昨日あった。ゼフィルの仲間と合奏する最後の演目は、ボロディン作曲の「韃靼人の踊り」。テンポが変化するこの曲に、最初は本当についていくのに苦労したのだが、直前になってようやく曲が分かってきて演奏できるようになった。そうなってくると楽しいと思えた。

昨日は発表会ということで、ボクは以前からヴァイオリンとやりたかったJ.S.バッハの「オーボエとヴァイオリンと通奏低音のための協奏曲 BWV1060」を演奏することにした。たまたま知り合ったヴァイオリニストに声をかけ、実現することになった。通っている個人レッスンでも指導を受け、しっかり仕上げてステージに立った。途中から口の中が乾いて練習のときのような柔らかい表現ができなかったが、なんとか演奏し終え、会場からは「ブラボ~!」の声もかけてもらって無事終了した。

最後にゼフィルで「韃靼人の踊り」を演奏した。苦労した曲、仲間と演奏する最後の曲ということで、思いを込めて演奏した。リズムをはずすこともなく演奏することができた。エンディングに向かって盛り上げていく曲なので、思ったほど込み上げるゆとりは無かったのだが、演奏し終わり、聴衆に向かって立ち上がった時には、「ああ、これで終わったんだな」という思いがあった。

すべてが終了後は打ち上げとなり、ひとことコメントで「退団します」と言った時には、その場の皆さんから「え~っ、なんで~!?」と言われてしまった。お礼の言葉を言ううちにホロリとしそうになったので、言葉半分でやめることにした。

寂しいようなホッとしたような、、、そんな気持ちの夜だった。
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最後の練習

明日の発表会に向けて、ゼフィル最後の練習。そしてボクは明日で退団するから、ロシアの作曲家、ボロディンの「韃靼人の踊り」がこの仲間と一緒に演奏する最後の曲となる。譜面をもらったときは、「楽勝」と思ったこの曲も、練習が進むにつれて難しい曲と分かる。

重たい荷物を背負い、練習会場まで行く。すでにメールなどで退団を連絡してあるメンバーから声をかけてもらい、ありがたく思う。
今日はひとりを除いてフルメンバーがそろい、何度も通して演奏する。テンポや曲想がよく変わるこの曲にもようやく慣れ、今頃になって楽しさを味わうゆとりが出てきた。しかし、ここまで来るのに、何度も指導者の先生から注意を受け、そのたび家に帰っても悔しさが残った。
そんなことに自分の限界を感じ、退団を決心したひとつの理由でもある。

演奏するというのは、自転車やカヤックを漕いだり、山に登ったりとはまた違うしんどさがある。体力的なものより、精神的なしんどさというのか、常にパーフェクトなものに近づけていく体力と言ったらいいのか。そういう力が衰えてきたのかもしれない。

とりあえず今は間違えずに吹けるようになったから、明日はノビノビと吹いてこよう。
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美味しい京都

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歯の定期点検のため、京都へ行ってきた。もちろん自転車で。旧道を通っていけば、通行量の多い国道などを走らなくても京都まで行ける。

小関越えから山科の旧三条通りを走り、日ノ岡へ入ると「亀の水不動尊」という幟が目に入ったので寄ってみることにした。昔からあった水場だったところを整備したようだ。何度も通っているが、初めて気が付いた。ここの裏手は深い山になっているので、このような湧水がわくのだろう。旅人はここで喉を潤したに違いない。
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歯の治療は小一時間で終了。治療というより点検なのだが、インプラントに一部出血しているところがあり、レントゲンを撮ったので、治療費が思った以上に高かったのでガックリ。まあ、歯は大事にしないとな。
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自転車に乗り、京都のガイドブックに出ていた「花梓侘(かしわい)」という寿司屋さんへ走る。植物園のすぐ北にあるのだが、ガイドブックによると「和菓子のようにきれいで可愛らしいつまみ寿司」とある。うわ~、これは行かねばと寄ることにした次第。鴨川河川敷公園を北上し、北山通りに出て花梓侘へ。地味な店がまえで、行き過ぎてしまったが、ここは元々創作陶器を売る店のようで、たくさんの陶器が展示してあった。
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「華やぎちらし」を注文し、待つこと15分。名前のとおり、美味しそうなちらし寿司が出てきた。これを袋に入れてもらい、鴨川へ戻り、木陰でひとり食べることにする。今日は蒸し暑く、木陰がひんやりして気持ちいい。目の前には鴨川のせせらぎ。このところ雨が降ってないので、流れが細くなっていた。
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丸太町通りを走っていると、「宇治金時アイス」の文字が目に入り、思わずとまってお店に入ってしまった。老舗のお茶屋さんで、店内には各種のお茶があった。上品なおばちゃんが出てきて、煎茶を淹れてくれた。水出し煎茶なのだが、バラの花と一緒に出したお茶で、香りがなんとも良かった。アイスも美味しく、ここでしっかりエネルギーチャージ。
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岡崎から南禅寺の前を通り、再び旧三条通りで大津へ向かった。
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