おざっちの漕ぎコギ日記2

オーストリアの旅 3

f0156359_19195435.jpg

オーストリアは、どこの土産物屋に行っても、モーツァルトグッズだらけ。当の本人はあまり幸せな人生を送ったとは言えなかったが、今はモーツァルト様々の観光地となっている。しかしもしモーツァルトがもっと裕福で恵まれた生活をしていたら、美しい数々の曲が生まれていたかどうか疑わしい。皮肉なものである。
f0156359_19294843.jpg

↑ 残された肖像画から復元されたモーツァルトの顔。

【9/10】
湖の街、「ザルツカンマーグート」を出発し、これまた世界遺産の「メルク修道院」へ。マリアテレジアの肖像画や、ナポレオンに関する展示、そして次々に現れる部屋の奇抜さが圧巻だった。中に、「リサイクルの棺」などというものがあり、昔は死体をこの棺い入れ、墓場で底が抜けるように設計されていたので、死体だけが土中に落ち、再び使ったというもの。なので、ひとつの穴に多くの死体が重なり、モーツァルトもこの方式(?)で埋められたので、どれがどれだか分からないのだとか。
図書館が12室もあり、今も利用されているのだとか。
当時の地球儀が展示されており、そこには日本もあったが、まだ北海道がない。
f0156359_19223876.jpg

f0156359_19232183.jpg

f0156359_19241697.jpg


ドナウ川を船でクルーズ。両岸に次々と現れる古城の数々。宿泊しながら旅することができる大きな観光船も往来する。小一時間のクルーズを終え、「デュルシュタイン」という街で下船。以前ドイツで立ち寄ったライン川沿いの街、「バッハラッハ」に似て、細い路地の両側に中世の建物が建ち並ぶ美しい街だった。バスが先回りしており乗車してウィーンへ移動する。なんとも楽な旅だ。
f0156359_19235156.jpg

f0156359_19245996.jpg

f0156359_19252554.jpg

いよいよこの旅最後の街、「ウィーン」へ移動する。街の近くのハイリゲンシュタットにある、ベートーベンが滞在した家で食事。近くには曲の構想を練りながら散策したと言われる川沿いの道があるとか。

【9/11】
ハプスブルグ家の夏の別荘地、「シェーンブルン宮殿」へ。シェーンブルンとは、「美しい泉」という意味だが、ここに水が湧いたのが元々の発祥になっている。
とにかく広くて、全部見るのに一日では無理なほど。中国の間、ナポレオンの間など、次々と現れる個性的な広間が圧巻だった。
f0156359_19255095.jpg

f0156359_192667.jpg

ベルヴェデーレ宮殿へ。ここにはクリムトの有名な絵があり、現地ガイドの説明で、絵の解説を聞いた。こういうのは説明がないと理解不能だ。

その後ウィーンの旧市街へバスで移動。「シュテファン寺院」を見学した。この教会の見どころは、モーツァルトが結婚式を挙げた部屋があることと、血の涙を流したという伝説のあるキリスト像の絵があることだ。小さな絵だったが、そこだけ囲いがあり、大切にされていた。

昼過ぎからはフリータイムとなり、王宮の前でコンサートのチケットを売っており、曲目が良かったので夕方行くことにした。会場となる「ウィーン楽友協会」へ行くとまず、手荷物は全部預けるように言われ、上着も脱いで預けることになった。えらく厳しい。なんとしかもそれが有料。
演奏が始まる。アイネクライネナハトムジークから始まり、40番など、モーツァルトのメジャーな曲が次々と演奏された。楽団員は全員当時のカツラをかぶり、当時の雰囲気満々。
帰りはトラムに乗り、無事ホテルにたどり着いた。
f0156359_192732.jpg

↑ 街中にはこんなレンタバイクが。近くにある券売機でチケットを買い、自由に乗り回すことができる。

【9/12】
朝バスに乗り、帰路に着く。ウィーン空港からヘルシンキへ、乗り換えて関空へ。朝出発し、関空に朝到着という便なので、なんだか変な感じだ。

オーストリアの旅。思い出すのはやはりアルプスの山やどこまでも続く牧草地、そして天を突く教会の姿だ。あ、ビールも美味しかった。それらが混然となって思い出となっている。
f0156359_19315776.jpg

[PR]
by ozawa-sh | 2015-09-15 19:32 | Comments(0)
<< ブログ オーストリアの旅 2 >>